日々、人は自分と対話しています。

内的対話(内部対話)とも言います。

 

そんな時、「馬鹿にされたかも」とか、

「馬鹿にされたくない」とか、

思ったことありませんか?

 

外へ食事に行って、

注文とは違うものが出て来た時、

「俺を馬鹿にしているのか?!」と言ったり。

 

予約して時間通りに行ったにもかかわらず、

待たされてしまい、

馬鹿にされている、と感じたり。

 

なぜか自分が使用中にコピー機が止まってしまい

「馬鹿にするな」と叫んでしまったり。

 

よく考えると、

馬鹿にされた?と、思っているのは、

自分だけなのですよね。

 

一つの出来事に対し、

どう感じるかどう受け取るかの選択は

自分だけが選べます。

 

何か自分の思い通りとならない時、

馬鹿にされた?と単に自分が反応しているだけ。

 

過去にそのような出来事があったとき、

馬鹿にされたと認識し、

脳が、そのように反応をしているだけかも知れません。

 

馬鹿にされたい人なんて、いませんよね。

 

そうなると、どう反応をするのがよいのか。

それを選択する権利は、自分にあります。

 

注文と違うものが出て来た時、

本当はどう感じたいですか?

どう対応したいですか?

 

コピー機が止まってしまう、

そんな時、本当はどんな気持ちでいたいですか?

 

馬鹿にされた、の代わりに、

どう自分は感じたいですか?

 

今度、同じような場面になったとき、

自分はどう反応したいのか。

 

そこを自分で見つけておくことを

お勧めします。

 

あ、この場面以前もあった、

でも、相手は馬鹿にしているわけでないよね、

と、思えたら、一歩前進です。

 

出来事に、どう反応して、

どの感情を選ぶのかは、

全ては自分、次第ですから。