今日の話題。

 

人生において、

我慢することが美徳、だと

思っている人いませんか?

 

これまでの人生は、我慢の連続。

我慢強かったからこそ、

今ここにいるんだ。

みたいな、自虐的な我慢、自慢。

 

そうですよね。

 

子供の頃から、我慢しなさいを言われ、

仕事は我慢してするものだ。

自分が我慢すれば・・・、とか。

 

その我慢、本当は、

何かに立ち向かって、解決するとか、

自分の意見をいって、交渉するとか、

何らかのアクションを起こさなければいけない物を、

それをしていない、だけですよね。

 

なぜ、それをしていないのでしょう?

気づいてますか?

 

反抗すると親からもっと叱られる、とか、

意見を言っても、どうしようもないからとか、

自分が我慢することで波風たたないとか。

 

理由はいっぱいあると思いますが、

究極は

叱られた後、自分が傷つくから。

意見を言っても自分の力は弱いから。

波風たって、自分のせいになるから。

 

全て、結果、自分にとって、

我慢以上に悪いことが起こる、

ような意識がありませんか?

 

だから「我慢する」を採用する。

 

自分が我慢をしてやっているんだ、と

我慢できる人、

人にも我慢を強要してるって、

気づいてますか?

 

直接的に我慢しろ、とは言っていなくても

周りはその姿、態度をみて、判るわけです。

 

我慢の人生、本当の意味で、

自分をいたわっていることに、

なってますか?

 

子供の頃は、仕方がなかったかもしれません。

 

今、自分の人生を、

生きることをしている大人になって、

さて、その我慢必要ですか?

 

我慢すればするほど、

自分は否定され、傷つく弱い人、

を、無意識下で強化してしまってます。

 

傷つきくないんですよね。

弱いんですよね。

 

そんな自分も、自分。

そこを認めてあげてください、

自分に対して。

 

自分で自分に

「よしよし」と頭をなでるように。

 

自分の意見を、拒否されたり、

否定されたからと言って、

それはあなたの人格を否定されたわけではありません。

 

意見を拒否された=自分を拒否された

になってませんか?

 

そして、拒否されないよう、否定されないよう

自分の意見を人に強要してしまうことを

してしまってます。

 

自分は傷つく弱い人間だ、と思わせてくれるような

出来事も、何度か引き寄せてしまっているはず。

 

もう、我慢強い人、やめませんか?

 

元々のあなたは、

素晴らしく、価値があり、

周りがどうであろうと、

あなたの人生はあなたが創れます。

 

人生の主人公は、

あなたですから。

 

これからの人生をどう演出していきますか?