先の読めない未来について、

考える必要があるのか?

と昔、疑問もわく、自分がいました。

 

ですが、それ、必要なんです。

 

ただし、未来を考える時に、

不安な事、心配な事を考えるのではなく。

 

コロナがどうなるとか、

自分がかかったらどうしようとか。

 

自分の力ではどうにもならないことを、

心配したり、

まだ起こってもいないのに、そうなったらどうしようとか

を考えることが、未来を考えることではないのです。

 

自分が出来る事、

自分の人生で、どう生きることが、

より、充実して、後悔なく生き切ったといえるのか。

 

人生の終わりがいつか、確実に来ます。

 

最後に、最高の人生だった、

と言える人生になるよう

今、行動をしているといえますか?

 

もし今を生き切る行動をとっていないならば

その第一歩が、未来を考える、です。

 

簡単です。

 

自分が10年後、20年後

何をどうしているのかを、

具体的に想像してみる事です。

 

やりたいと思ったことを、やって、

毎日が楽しくワクワクして

過ごしている自分の姿です。

 

苦痛を我慢して、楽しくないことを

努力し続けている自分を想像したならば、

将来もそうなります。

 

今やっている仕事も、

毎日楽しいですか? ワクワクしますか?

 

目の前にある、すべきことは、

誰にでもあります。

それをすることは、自分の存在価値を認められることではあります。

 

ただ、自分の存在価値を、

他者の目から見て、また他者を利用することで、

見つけようとしていませんか?

 

他者や、社会からの存在価値のみで

認められた自分では、

自分自身を生きているとは言えないですよね。

 

自分自身で生きる、その価値を見つけていく必要があります。

 

自分が描く未来の姿へ向かって、

行動している時、

その時初めて、自分自身で生きている時。

 

自分自身の情熱はどこにかけられる(パッション)?

本当に大好きなもの、興味が引かれるもの。

 

その姿は将来どうなる(ビジョン)?

先のゴールはどうなっている?

 

そう行動することでどうなる(ミッション)?

社会にどう貢献できているか。

 

あなたの人生はあなたの物。

誰にも決められない。

決めるのはあなた自身です。

 

どう行動すればよいか、なかなかわからないならば、

一つ方法を伝えます。

 

将来、何十年後か、死の床にいる自分が、

過去の、今の年齢の自分に声をかけるならば、

何と声をかけるでしょう?